会山行紀行文 12.07.14(土)
~15日(日)

晴れ
(こんごうどうざん)         
金剛堂山・1650m
(にんぎょうさん)     
人形山・1726m
参加者
15名(男6・女9)
(紀行文)2051 S/T
(写真)2051 S/T
≪コースタイム≫
714日(土)
 新潟駅南口600=砺波IC920=栃谷登山口1040~前金剛・昼食(1325-1355)~中金剛1410~前金剛~栃谷登山口
 16
20=赤尾館(泊)1730
 

715日(日)
 赤尾館730=中根登山口835~第一休憩所935~第二休憩所1015~宮屋敷(1055-1115)~三ヶ辻分岐1200
 ~人形山・昼食(1230-1325)~三ヶ辻分岐13:45~宮屋敷1430~第二休憩所1500~第一休憩所1525~中根登山口
 1605=くろば温泉・入浴(17:15-17:50)=五箇山IC1805=新潟駅南口2205
 

714日(土):くもり

金剛堂山は、南砺市利賀村と富山市八尾町にまたがる山です。奈良時代に山岳信仰の修験道の行場として開山され、全国からの山籠で栄えたそうです。
 新潟からバスで4時間半、ようやく栃谷登山口に到着です。大きな広場でトイレと水場もあります。登山口から百瀬川の赤い鉄橋をわたって出発です。しばらく沢沿いの道を歩き、1回だけ渡渉します。

登山口で準備 赤い鉄橋をわたって出発 最初で最後の渡渉

「栃谷登山口より1km地点」の標柱が、1km毎に4kmまでありました。ブナの原生林に癒され、気持ちの良い尾根歩きです。

1km毎の標柱 見事なブナの原生林 尾根歩き

左手に前金剛の山頂が見えてきました。森林限界を越えてネマガリダケの斜面を登って行くと前金剛の山頂です。前金剛には一等三角点が置かれており、最高点は中金剛にありますが、ここが一般に金剛堂山山頂とされています。ここから中金剛、奥金剛までは広大な草原となっています。ぬかるんだ小道を進むと15分で中金剛に到着です。

左手に前金剛の山頂 前金剛の山頂広場 前金剛から中金剛へ

中金剛には、「飛騨信濃木曽の峰々みな見えて西はのこさぬ白木やまかな」と刻まれた歌碑があります。
10代の富山藩主、前田利保公が西白木峰(昔は、金剛堂山を西白木峰と呼んだ時期があったらしい)に登った時の歌だそうです。奥金剛はガスの中で、中金剛から引き返します。  

リーダーから歌碑の説明を聞く トキソウの群落がありました 栃谷登山口目指して下ります
   
 心配された雨に遭うことなく、全員無事下山しました。

 宿の「赤尾館」はTリーダーのおなじみで、天然温泉と五箇山郷土料理を堪能しました。

 宿の前には、合掌造り最大で重要文化財の「岩瀬家」があります。

 
本日の宿「赤尾館」 宿の前の重文・岩瀬家

715日(日):雨のち晴れ

人形山は富山県と岐阜県の県境にまたがる山で、登山口は南砺市にあります。
宿をバスで出発する直前に、雨が降り出しました。中根平登山口についても雨はやまず、あずまやで雨具を身につけて出発です。幸いなことに、出発して30分ほどで雨がやみ、第一休憩所で雨具を脱ぎます。

あずまやで出発準備 雨の中、登山口出発 第一休憩所

第二休憩所の標柱は、クマにかじられたようです。宮屋敷跡で大休憩。展望が大きく開けて、正面にこれから行く人形山がみえます。道には、所々に可憐な”ササユリ”が咲いていて、頑張る私たちを励ましてくれているようです。葉が笹の葉によく似ています。

可憐なササユリ 宮屋敷跡(かって社があった跡) これから向かう人形山

 稜線歩きで高山植物を楽しみながら、三ヶ辻分岐に到着です。そこから30分ほどで人形山山頂です。

正面が三ヶ辻山 三ヶ辻分岐、奥に人形山 人形山まであと少し

 山頂奥はニッコウキスゲのお花畑でした。朝の雨がうそのようで、昼食後お花畑で昼寝をするという贅沢を味わいました。集合写真をとり、登って来た道をそのまま下山します。

     
 山頂奥のお花畑で昼食  山頂⇒三ヶ辻分岐  ニッコウキスゲとササユリのコラボ
 
 金剛堂山にて  人形山にて

 2日目の最初だけ雨に遭いましたが、2日間全員無事に2座を完登することができました。これも地元利賀村出身のTリーダーのおかげです。本当にありがとうございました。

 今回の山で会った花たち≫

『人形山の雪形民話』
 毎年5月下旬から6月上旬にかけ、人が手をつないだような形をした雪形が人形山の中腹に現れる。昔、山の中に二人の娘と病気がちの母が住んでいた。
 娘は、母の病気回復祈願のために頂きにある白山権現に詣でたが、残雪と立ち込める霧のために身動きができなくなり、行方不明となった。翌春、山の中腹に手をつなぐ二人の雪形が現われ、それ以後「ひとかたやま」と呼ぶようになったという。