自然保護活動(2020年)
担当(寄稿)
2052 M/T
          (2019年はこちら)

 会員の広場では、毎月第三火曜日にコース説明会等を中心に会員相互の親睦を図っています。
 
     
~~~コロナ感染関連で長く休んでいましたが11月から再開しました~~~


  ≪開催日≫    毎月第三火曜日   13:00~15:00
  ≪開催場所≫   新潟市中央公民館(下図参照)
  ≪参加方法≫   自由参加(会員)
  ≪内容≫      ・ミニ講座             ・予定されている会山行の説明
             ・交流会の実施          ・会員の広場主催の忘年登山の実施 
 等
 
開催日 参加者 内容
 12月15日(火) 18名   12月の「会員のひろば」は生憎の悪天候でしたが、18名の参加がありました。
 会の始まる前に7日に亡くなられたK/Fさんのご冥福を祈り、皆で黙祷を行いました。
 役員会での検討事項を報告後、会長より会に貢献してこられたK/Fさんへのお悔やみの挨拶と、これからの会の活動について説明して頂きました。
 ミニ講座はH/Mさんより「~熱帯雨林と氷河の山~消えゆくキリマンジャロの雪への5895m登頂」と題して話して頂きました。キリマンジャロに登ろうと思った動機は、2006年に植樹の仕事でナイロビに行った時、正面にキリマンジャロが見え、いつか登ってやろうと思った。
 キリマンジャロとは「白く輝く山」という意味で、標高5895m、ケニア共和国とタンザニアの境にある。1~3月と乾季の7~9月が登山ピーク、月に1000人位チャレンジしている。
2010年にアルパインツアーに参加、ナイロビに降りケニア山(4985m)に登ってから、タンザニアにあるキリマンジャロの登山口マラングゲート(1700m)に向かう。入山料は60ドル、荷物は15㎏までポーターが運んでくれる。山頂まで64㎞、1日6~7時間の歩き。4700m近くまでは、登山というより平原の緩やかな歩きになる。その先は岩場になり傾斜がきつくなる。山頂クレーターの端ギルマンズポイント(5685m)で登頂証明書が出るが、最高地点ウフルピーク(5895m)を目指した。
 
 下山後、登頂証明書が一人一人に手渡され、キリマンジャロの歌を歌ってもらった。
 キリマンジャロは標高5895mあるが、楽山会のC上クラスなら登れると話して下さいました。会場からたくさんの質問が出て盛会裏に終わりました。H/Mさん有難うございました。

[1月ミニ講座の案内]
テ―マ:山のいで湯
講 師:2373 M/W
日 時:1月19日(火) 13:00~14:30
会 場:新潟市中央公民館(クロスパル)401・402号室
11月17日(火) 44名  11月の「会員のひろば」は天候に恵まれて44名の参加が有りました。役員会での検討事項を報告後、会長より再開にあたっての挨拶を頂きました。講師のT/Kさんが10月に90才の卒寿を迎えられたので、「卒寿おめでとうございます!」とお祝いと拍手を皆で致しました。
 ミニ講座は「卒寿の一人暮らし」と題して行って頂きました。温もりのある手書きの資料を用意して下さり、「何となく毎日毎日過ごしているうちに90才になった・・・」と以下のように話して下さいました。
 ① 心がけていること  
   しない五つ(急がない、無理しない、愚痴らない、過信しない、遠慮しない)
   ・急がない ― 急ぐと転んだり、失敗したり間違ったりする。
    けがの経験から、転ばぬよう急がないで少しずつゆっくりするのが一番と整形外科の医師に
    言われた。
   ・無理しない ― 無理をすると翌日休んだだけでは回復しない。
    75才からずっと月3~4回トレッキングに参加しているが、ちょうどよい。
   ・愚痴らない ― 愚痴ったってどうしようもない。聞いた人が楽しくない。
   ・過信しない ― 信じ過ぎない。自分のことまだまだ大丈夫と過信しない。
    詐欺の電話は先ず疑う。お孫さんの電話を詐欺と間違えたこともあるが、まずは過信しないこと。
   ・遠慮しない ― 遠慮すると自分が大変になるので遠慮しない。
    駅やお店で「助けて頂けますかぁ~」と声を掛ける。自分で判断することも大事だが、助けて
    もらうことも大事。
   する五つ(感謝する、参加する、儀礼は守る、近所と親しくする、体はよく動かす)
   ・感謝する ― 一番感謝しているのは楽山会、属する場所があることはありがたい事。
    コロナで出かけられない、会えない日々は、年を取った一人暮らしには孤独感がある。
    会費振り込みの連絡など、属する会からの連絡がとても嬉しかった。
    6月から句会が始まり、会に属していることの幸せ、感謝を感じた。
   ・参加する ― 生きていると言うこと、誰かと繋がっていることは幸せな事。
    コロナで感謝と参加するはとても大事だと思った。
   ・礼儀は守る ― 法事、親戚への礼儀は欠かさない。お世話になった時はお礼を言う。
    リーダーにはバスを降りた時「ありがとうございました」と必ず言うことを心掛けている。
   ・近所と親しくする ― とても大切な事、年と共に大切な事。
    何かがあればすぐに声を掛け助けて下さる。近所でないとできない。
   ・体はよく動かす ― 1、2時間座っていると動けなくなる。
    30分で立って、歩いたり掃除したりして、また座って本を読んだり書いたり、テレビを見たり
    している。

 ② 衣食住 
  ・衣―脱ぎ着がし易いのがとても大事。
    後ろ開きの洋服を前開きにするなど、着やすいように作り直してきている。
   今日は母親のコートを直したものを着てきた。それも楽しみ。
  ・食 ― バランスよく3食しっかり食べる。
   80才半ばを過ぎてから蛋白質をしっかり
   とっている。
   サプリメントは美味しくないので飲まない。
   美味しく食べたほうが美味しいし、楽しいので
   食物でとるようにしている。
  ・住 ― 手抜きをしている。
   外回りは庭師さんに、掃除はホウキを使っている
   。ホウキは簡単で早くて良い。 
 ③学徒動員
  学徒動員を経験した。女学校の2年生の時、3月10日の東京大空襲の後、東京のあらゆる所から
  先生と生徒が疎開してきた。お茶の水女学校など憧れの学校からもいっぱい来た。先生は女の
  先生ばかり、とても素敵でみんなの憧れでした。3年生から学徒動員があり、塩沢の織物工場で
  飛行機の羽布、船の汎布を作っていた。お腹が空いて大変だった。毎週土曜日に魚沼の実家に
  帰ると、母親が“あられと豆”を炒って甘い味を付け缶に持たせてくれた。5人の寮生で少しずつ
  分けて食べることで寝むれた。こんな生活が続き終戦を迎えた。8月の始めに長岡空襲があり、
  花火みたいに見えたことを今でも鮮明に覚えている。疎開をしてきていた人たちと昨年までクラス会
  を開いていたが「民子さんの炒った“あられと豆”は、一生忘れられない」と必ず話にでた。

 ④助けられて日々
  主人が早く亡くなり、主人の親戚にさまざまな場面で大変助けてもらった。当時は幼稚園がないので、
  下の4才の子供には60才過ぎの母親が魚沼からきて世話してくれた。

 最後に「私の人生、幸せだった。」と話を締めて下さいました。T/Kさんの「心がけていること」は、
 高齢者には元気に生活して行くには大切な事、一つ一つしっかりと聴かせていただきました。
 会場からもたくさんの質問が出て、時間が足りないくらい。T/Kさん、有難うございました。

[12月ミニ講座の案内]
テ―マ:熱帯雨林と氷河の山
講 師:2162 H/M
日 時:12月15日(火) 13:00~14:30
会 場:新潟市中央公民館(クロスパル)401・402号室
2月18日(火) 28名  2月の「会員のひろば」の参加者は28名でした。役員会での検討事項の報告後、4月のトレッキング山行について担当リーダーのM/Tさん、M/Nさん、A/Iさん、S/Tさん(M/Tさん代理)よりを説明して頂きました。
 ミニ講座は、山の大ベテラン812S/Mさんより「山バカの定年と転換・前編」と題して話をしていただきました。
 山登りを始めたのは高校3年の時、40㎏超の荷を被いて1週間をかけ、奥日光の湯ノ湖から至仏山までの縦走を行った。これが「山バカ」の始まり。最後は食料がつき、東大生に助けてもらった。
 45才で楽山会に入会、3年後にリーダーを引き受けAランクの山を担当。「胎内ヒュッテ泊まり、朳差岳日帰り登山」を行い、「人殺しの正木」と言われ、その後、Bランクの山行に変更した。
 100名山は4年で、各県の最高峰は8年で登り終えた。その頃の100名山登山は、情報が少なく登山口を見つけるのに大変苦労した。日頃のトレーニングは五頭山で行い、駐車場から山頂まで58分で登るのがスタンダード。
 山での失敗談は、正月元旦に烏帽子山でテント泊を行った時。次の朝、1mもの積雪で下山ルートが分からなくなり大変苦労した。これをきっかけに翌週からコンパスを持って毎週登り、お陰で五頭山は隅から隅まで分かるようになった。
 70才でリーダーを辞め、登山は続けるがその他の趣味作りを考えた。この時が「転換」。
 奥さんと共有できる趣味として習字を始め、その他にもギターも習い始めた。その後、四国八十八ヶ所めぐり、小豆島八十八ヶ所めぐり、海外旅行にも数多く参加した。花の旅が好きで、花と名が付くと出かけた。
 最後に「お陰さまで、山を十分楽しませてもらった。」と話を締めてくださいました。そしてご自分の体験から「細々でも続けることが良い。」「行きたい時に行った方が良い。」とアドバイスをして下さいました。「昔のことを一杯、思い出しました。」と参加者の方々から感想が寄せられました。
 次回の後編の話が期待されます。正木さん有難うございました。

◎来月3月度のミニ講座
 「山バカの定年と転換」(後編) 812 S/M
1月21日(火) 29名  1月の「会員のひろば」は29名の参加が有りました。役員会での検討事項の報告後、3月のトレッキング山行について担当リーダーのS/Sさん、M/Iさん、M/Tさん、A/Iさんよりを説明して頂きました。
 この後、2244Y/Kさんより[自転車で廻るニイガタ検定]と題してミニ講座を行って頂きました。
 ニイガタ検定を受けることになった動機は、相馬市で仕事をしている時、新潟の豪農の館を訪れた同僚に「えっ、知らないの」と言われショックを受けたことです。一念発起、ニイガタ検定1級を受けることにしました。その為にはテキストで学ぶばかりではなく、見て身体を動かさないと記憶に残らない、それで試験対象になる地点を自転車で廻りました。その時の報告を写真や動画を使って紹介して頂きました。
 初代萬代橋の記念碑や本町交差点にある道路元標、新潟市の公衆電話発祥の碑に「えっ!こんなところにあったの」と皆さんビックリ。
 巻郷土資料館では、全国で現存する中で唯一動かせる「のぞきからくり」を見ることができます。
 花の見どころとして、「すご堀の桜並木」は好きなコースだそうです。最近、工場夜景でブームになっている通船川や新津川スイセンロードなど堤防沿いは自転車で走るには快適。
 越後七不思議の話や、おけさ柿・庄内柿の原木は八珍柿になるという食べ物の説明もありました。
 また、自転車で廻る時の休憩として、みなとトンネル入船タワー6階の休憩室、新潟青陵大学の図書館がお勧めと挙げて下さいました。
 新潟市の魅力を多岐に亘って調べられたY/Kさんの話は大変面白く、新潟に住んでいながら知らなかった事を多く学ぶことができました。
◎来月2月度のミニ講座
 「山バカの定年と転換」(前編) 812 S/M